「元少年A」の罪は消えたのか?本当の「贖罪」とは何か?

私も昔衝撃を受けた事件の犯人が、手記を出版しました。

正直言うと、その本は読みたいとも思いませんし、それを出版するのってどうなの?と思います。

本当の意味での「贖罪」とは何かを書いてみました。

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神戸の事件の犯人「少年A」

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神戸の連続児童殺傷事件の犯人、元「少年A」。

彼が私と同じくらいの年だと言うことに、嫌悪感を抱いていますが、今回はこの人とこの人の書いた手記にスポットを当てたいと思います。

 

とはいっても、彼の書いたものを読みたいとも思わないし、読んだところで涙と吐き気しか出てきそうにないので、おそらく一生読まないと思います。

 

そんな彼の本の情報はコチラのページへどうぞ。

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批評のページは批判に溢れています。

何より、成人して十年以上経つ彼が、自分の名前で出版していないことに腹が立ちます。

どこまで守られているのでしょう。

 

更に、被害者遺族に何の断りもなく、この本を出版しています。

被害者遺族をないがしろにすると言うことは、結局何の反省も更生もしていないということなのです。

 

どなたかがコメントにも書いていましたが、

「書きたい=殺したい」衝動を抑えられていない、自己顕示欲の塊であることは明白です。

 

ただ、中には、

「出版されたのはしかたないから、後々のために生かせばいい」

「犯罪者の心理がよくわかる」

という意見もありました。

確かにそうなのかもしれませんが、それって、遺族の方々を傷つけてまですることなの?と疑問に思います。

 

「少年A」の現在

少年Aは、現在32歳なのだそう。

一部の噂では、結婚しているとか。

もしそれが本当なら、奥さんはきっと何も知らないのでしょう。

 

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彼はもともと

「東慎一郎」

という名前でしたが、今は改名しているそうです。

 

なので、もしかしたら、実は近所に「少年A」がいる可能性もあります。

 

少年Aは、1997年に逮捕され、その7年後の2005年に「関東医療少年院」を退院し、自由の身となりました。

 

その後、彼は溶接工として働いたり、日雇い労働をしたりして、一人で暮らしていたそうです。

 

…それはそうですよね、地元に戻ることも、家族のもとに戻ることもできないと思います。

家族も、血がつながっているとはいえ、恐怖なのではないでしょうか。

残忍な事をした自分達の息子とともに暮らすのは。

 

その後、愛媛県で目撃されたとか、「西岡真」に改名したとか情報が錯そうしていますが、本当のところはわかりません。

 

更に、「どれほどかけがえのない存在を、皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました」と書いていることから、結婚しているのではないか、子供がいるのではないかと言う憶測が飛び交っていますが、そこは明らかにされていません。

 

もしも結婚していたとして、相手の女性がそのことを知らなかったとしたら…知った時はとても恐ろしく感じるのではないかと思います。

私だったら…とても耐えられません…。

もともと打ち明けられていて、それも受け入れていれば別ですが、知っていたら結婚しなかったとも思いますし…。

 

贖罪とは何か?

確かに、彼は数年間の少年院暮らしで罪を償ったと思っているかもしれません。

本を読んだ人の中には、彼はもう罪を償っていると言っている人もいましたが、私は、特に人を殺めた罪は、一生消えるものではないと思います。

 

昔読んだ漫画ではありますが、罪を償うと言うのはどういうことか、というシーンがあり、とても納得しました。

その内容は…

 

  • 罪を償うと言うのはなりふり構わないことである
  • 血反吐を吐いて必死になって一生を捧げることである
  • 被害者や遺族が「もうやめてくれ!」と懇願するまでやるものである

 

こんな感じでした。

(少し違うかもしれませんが…)

 

確かにそうだと思います。

 

償うこととは、やはり相手が「もういいから」というまでやるものだと思います。

定期的に手紙を送れば許されると言うものではありません。

自分の命を削って必死になって謝罪したり、そのために行動したりすることこそが、贖罪になるのではないかと思います。

 

そして相手が「もう辞めてくれ」と言うまでやり通すことが、本当の意味での償いなのではないでしょうか。

 

彼は、被害者遺族が「もういいから」というまで謝罪したのでしょうか?

必死になって土下座したのでしょうか?

一生、自分が奪った命の十字架まで背負い、毎日罪に向き合っているのでしょうか。

 

命を奪ったのだから、自分の命を削って贖罪するのが、本当の意味での謝罪と言えるのではないでしょうか。

 

しかし、彼は素性を隠したまま本を出版し、今、普通に生活しているのです。

更に本の印税も受け取って、悠々自適に暮らすのです。

そこに違和感を覚えます。

彼にも幸せになる権利はあったかもしれません。

しかし、命を奪われた2人にも、幸せになる権利、色々なことをする権利があったはずです。

それを永久に奪い、被害者遺族を地獄に突き落としたのは彼なのです。

 

彼が見るべきは、幸せな生活ではなく、彼らの悲しみ以上の地獄ではないでしょうか。

 

まとめ

少年Aが手記を出版したが避難殺到

被害者遺族にも許可を得ておらず、遺族は回収を申請している

贖罪の意味をはき違えてはいないだろうか

 

以上です(*’ω’*)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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